Circus
 僕は世界がこうなる以前は、有名な医大に勤務していた。動物などの様々な生体研究をしていた。そこは全くの別世界だった。人を治し生きるという”心の安らぎ”を与えるべきはずのその世界には、本来のその姿は無く、自分達だけの”心の安らぎ”を得るために仕事として”人”を処理し、エゴを増大させようとする者達ばかりであった。自分が秀でるために人を利用し、出世の為に人と人が傷つけあっていた。時には何の理由も目的も無く、蹴散らし陥れ、それを喜んでいる者達もいた。巨大な世界で競争して生きる者には当たり前の様に。おそらく、普通では想像も出来ないような事柄が繰り広げられていたと思う。まるで”奴ら”と同じだった。
 そこで生きるのは”人”を捨てなければならなかった。僕も毎日、カルテを通して人を観察し分析し、まるで物のように”人”という生き物を見てきた。とても窮屈だったが、そうしなければ生きていけなかった。でも、僕の本心は違っていた。人と一緒に生きているのに、自分さえ良ければとは思えなかった。周りもそう感じていなかったのか、疑問でならなかった。それが、次第に慣れていくかのように、心を切り離すことが自然になり、何かを失ってきていた。恐かった。やがてそれも麻痺したように、感情は死んで行き、それについて触れようとしなくなって。ただ淡々と目の前に降りかかってくる忙しい事情をこなすことだけを考えて。施設に来て、この現実を受け止めて、ようやく僕は人として、医者としての本来の姿を取り戻しかけていた。それなのに・・・・・。

 一般の人々はそのもう1つの施設を『特務機関』と呼んでいた。
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