Circus
第参章「Φ」
 彼女の体は、傷で覆われていた。目を覆いたくなるほど痛々しく、言い訳程度に縫合された無数の傷が全身に刻まれていた。彼女の冷たい表情の奥には、悲しみと疑念が滲み出していた。もう限界なのかもしれない。僕は毎日、ガラス越しに見る彼女にそう感じて見ていた。彼女の目は沈んでいて、輝きがない。誰からの質問にも僅かな言葉でしか答えず、いつもずっと静かに外を眺めているだけだった。その姿は、以前僕が良く見ていた病気から開放され”生きる自由”を求める患者達と同じだった。身体の検査に”異常”は、無かった。毎日僕が行っている”仕事”だ。彼女の身体は歪な傷以外、健康そのものだった。しかし、心は傷つき疲れ果て覇気がなく、”生きる自由”を持っていない。何が彼女をそこまでに追いやったのか。その現実を僕は目の当たりにして見てはいないが、僕も今はそれに加担していることは事実だ。

 彼女は特殊な機器で覆われた診察台の横で服を着始めた。診察所は天井からドームのような特殊機材が彼女を包み、周囲にはモニターや診察機器が並び、まるで閉じ込められているような作りだ。彼女の現実を映しているように。そして、一面ガラス張りの壁を挟んで僕が彼女を見ている。ここのシステムはかなり進歩していて、彼女が居る部屋にあるMRIのような円形の構造の装置が彼女の全身をスキャンするだけで、調べたい全てのデータが得られる。これまででは経験したことも無いくらいの画期的なものだった。そして得られたデータは、僕の目の前の端末に送られ解析される。この箱の中には、彼女の身体の全てのデータが入っている。僕は彼女の事は全て知っている。その心の中以外は・・・・・。
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