夏の階段
夏の階段
夏期講習からの帰り道、
奇妙な物にあった
CDを借りにレンタル店に寄り
いつもの通学路ではない初めての道を
駅に向かって一人で歩いている時だった

俺は歩みを止め、まっすぐにそれを見た

階段だ
何の変哲もない、石造りの、八段ほどの階段
幅は一メートル程度で
半地下の駐車スペースを持つ家の
入口にありそうな、ごくふつうの

しかしながら、その階段の妙なところは
のぼりつめたところに、
あるべきものが何もないということだった
玄関や通路があるわけでもなく
まったくの中空なのだ

俺が歩いてきたこの通りは
ゆるやかな丘の斜面に切り開かれた住宅街だ
駅まで数分の良い立地のため
頑丈なコンクリの土台と塀が
何十メートルも城壁のように続いている坂道だ
そんなところに
抜歯でもしたかのように
なにもない小さな一軒分の空間があり
さらにその手前の真正面に
どうぞおあがりくださいとでもいうような
石造りの階段があった

おそらくその段の先には
少し前まで建物があったのだ
先に壊されたが
どういうわけか階段だけが撤去されずに
残ったのだろうと思う

青空に白い雲がポッカリ浮かぶ、
という言い回しがあるが
そんなふうに
マグリットの絵に似た不思議さで
階段は「ポッカリ」あるのだった

それは静かな光景だった
いいや、只野静けさとは違う
まるで、その階段がオペラ歌手の声量で
『静寂』という唄をうたっているかのような
だれかに働きかける静けさだった
鼓膜を打つボリュームで流していたヒップホップを
俺の耳から一瞬で吹き飛ばしたほどに

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