ならばお好きにするがいい。
 
「なんなんだよ……お前らは……」


小田切先生は顔を両手で押さえて俯くと、しばらくして、指の間から目だけ覗かせてこっちを見た。


「……で、樫芝。なんで結城まで連れてきたんだ?分かりやすく且つ俺が納得出来るように説明しろ」

「んー……たまたま公園の横を通りすがったらさ、セミの声が聞こえて。大きなセミがいるなーと思ったらセミじゃなかった莉華だった」

「そうか。セミの声が聞こえたところまでしか理解出来ねーよナメてんのか」


そこから小田切先生と樫芝先生の壮絶な口喧嘩が始まった。


口喧嘩っていっても、私にはやっぱりじゃれ合ってるようにしか見えないんだけど。


最近ではすっかり見慣れたその光景を眺めながら、私はグラスのリンゴジュースをごくごく飲んでいた。


「バカ芝!もう帰れ!」

「薬を届けてくれた恩人に帰れはないんじゃないの?」

「なら薬いらねーからこのガキ連れてさっさと帰れ!」

「本当は莉華に会えて嬉しいくせに」

「うるせ……──ッ!」


一瞬、何が起きたか分からなかった。


急に小田切先生がソファーから崩れ落ちて、床に倒れ込んだ。


「せっ……先生!」


慌てて駆け寄ると、小田切先生はおでこにびっしりと冷や汗をかいていて、ゼェゼェと苦しそうに肩で息をしていた。


「あらあら。具合悪いくせに興奮するから」


気を失っている小田切先生をゆっくり担ぎ上げると、樫芝先生は小田切先生を寝室まで運んで、そのままベッドに寝かせた。


「莉華、リビングから体温計持ってきてくれる?テレビの横に置いてあったから」


小田切先生の熱を計ったら、体温計の小さなディスプレイは、小さく無機質な文字で『39.0』と素っ気なく示した。






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