ならばお好きにするがいい。
 
「だから、家にはあんまり帰りたくない」


最初は暴れる私を拘束するようにきつく回されていた先生の腕は、いつの間にか、壊れ物でも扱うような優しい力で私の体を抱き締めていた。


こんなに誰かに優しく抱き締められたのはいつ以来だろう……。


こんなに優しく抱き締められているのに、胸が苦しい。


「先生」

「……」

「先生、私もう帰るね」


誰かに自分の生い立ちを話すのは初めてだった。ましてや、こんなに自分の気持ちを正直に話したことも初めてで。今まで関わってきたどの先生にも、友達にも、聡未にさえも話したことがなかったのに。寂しいとか、苦しいとか、辛いとか、絶対他人に言ったりしないって決めてたのに。なのに……。なんで、小田切先生には話しちゃったんだろ……。


泣きながら途切れ途切れに語られる私の話を、先生は相づちを打つわけでもなく、ただ黙って聞いていた。


話が終わっても黙っているから、嫌われたんだと思った。


「先生……」

「……」


そうだよね……こんな劣悪な家庭環境で育ったなんて言ったら、誰でも引くよね……。


沈黙が痛かった。


先生の胸を押して、体を離す。


先生と一緒にいるのが、なんだかすごく息苦しかった。


「……帰り、ます。先生はゆっくり寝てて下さい」


無理矢理笑顔を作った。うまく笑えたかなんて分からない。


まだここにいたいと思う気持ちもあったけど、早くこの沈黙から抜け出したいと思う気持ちの方が強かった。


先生に背を向けて、ドアノブに手をかけた、その時だった。



「……泊まっていけ」





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