ならばお好きにするがいい。
 
無数の鮮やかなペンキや絵の具の跡で、まるで一枚の絵のようになっている大きな机。


そんな机の上に開かれた数学の教科書は、ちょっと異質だった。


今までこの美術室の机で、好きな人と数学を勉強したことのある人は、一体何人いるだろう?


多分、私が初めてじゃないかな。



教科書に目を落とす先生の横顔を見つめながら、そんなことを考えた。



「で、何が分からないんだ?」

「うーむ……。分からないところが多すぎて何が何だか……。なんかもう、自分でも何が分からないのか分からないのです」

「まるで記憶喪失でもしたかのような口ぶりだな」


軽くため息をついた先生は、ノートを開いた。


「まず連立させてχを求めるんだが、この連立方程式の解き方知ってるか?」

「こ……こう?」

「ちげーよ。この式をこの式に代入するんだ。さすがに代入の意味は分かってるよな?」

「う……うん?」

「分かんねーのか……」


先生は一度長い息を吐き出すと、「一から叩き込んでやるから、よく聞いとけよ」と言ってペンを握った。


先生の説明は、驚くほど分かりやすかった。


その分かりやすさにもすごく驚かされたけど、それよりもっと驚かされたのは、先生の優しさだった。


「呆れた……そんなことも分かんねーのか。中学生以下だな」みたいな、皮肉のひとつやふたつは覚悟していたのに……。


先生は何一つ文句を言わず、それが中学生、小学生で勉強する範囲であっても、私が理解するまで説明してくれた。



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