ならばお好きにするがいい。
だいぶ熱も引いて、苦しげだった息遣いも落ち着いてきたところを見計らって、俺は結城の肩を揺らした。
「おい、そろそろ起きろ結城……」
「う……」と小さな呻き声を洩らしながらうっすらと開かれた大きな瞳、長い睫毛が揺れる。
ごしごしと俯きがちに目を擦る仕草は、まさにまるで仔犬のようで。
「小田切先生……?」
眠たげに小首を傾げるコイツに、少しだけ胸が跳ねた。
「……先生なんで私のお家知ってるの」
おい、なんだそりゃ。
それじゃまるで俺がストーカーみてぇに聞こえるじゃねーか!
起きがけの第一声に少々カツンときたものの、病人相手にキレるのもなんだしな……。
「私寝てた?」
ぼんやりと俺を見上げる結城の目は、虚ろで焦点がまるで定まっていない。
顔色もいつもより悪い。
熱が下がったといっても、熱があることには変わりねーし……さっさと帰して寝かせた方がいいな。
俺は結城の肩にかかっている自分のスーツに手を伸ばした。
「コラ何してんだテメェ」
しかし、スーツを掴んで離さない結城。
一体どうしたかと思えば……
「やだ。これ返したら帰らなきゃいけないんでしょ?だからやーだ。私もっと先生と一緒にいたいんだもん」
なんて、頭の悪いセリフを吐きやがるもんだから、思わず溜め息が溢れた。
どこまでバカなんだコイツ。
自分の状況分かってねーのか。
「アホか。さっさと帰ってメシ食って薬飲んでネギ巻いてコンニャク乗っけて寝てろバカ」
もはや反射的に言い返してしまったことを、数秒後、すぐに俺は後悔することになる。
「やだやだー!!!」
案の定、暴れ始めた結城。
飼い主に構ってもらえない仔犬みてぇにキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャンキャン……っあ゙ー!うぜえ!
つーかとりあえずスーツ離せ、シワ寄るじゃねーかコノヤロー!アイロンかけんのだりーんだよ!
他人が聞いたら絶対笑うであろうバカなやり取りがしばらく続いて、俺のイライラもとうとうピークを迎えた。