ならばお好きにするがいい。
 
ココアを大切そうに胸に抱えたままニヤニヤしているバカを、諭して車から降ろした。


名残惜しそうにドアを開けたかと思えば、なぜか助手席に向かって両手を合わせて何かに祈りを捧げ始める。


……何をしてんだコイツは。なんだ、俺の車になんか霊とか憑いてんのか?


しかし、ツッコむと面倒臭そうなので放っておいた。


謎の祈祷を一通り終えると、結城は満足そうな顔で車を降りた。


「お前の親に挨拶しとかねーとな」


一見元気そうだが、多分かなり重い風邪だ。とりあえず、少なくとも2、3日は様子見ってとこだな。


そんなことを考えていたら、突然スーツの袖をツンと引っ張られた。


首だけを動かして振り返ったら、結城が、寂しそうな表情で俺を見上げていたから、思わず息を呑んだ。



「せんせ、いい」

「あん?」

「……今日、うち誰もいないから」



少しだけ、震えた声。


心細そうに、揺れた瞳。



……どうした、結城?



「あは……うち、みんな忙しいから!お父さんもお姉ちゃんも帰ってくるの夜遅いんだ!」



そう言って浮かべた笑顔は、慌てて作ったことがまるわかりなくらい不自然で。


「大丈夫だよ!治るまでちゃんと大人しくしてるから!心配しないで!自分でネギも巻くしコンニャクも乗っけるから!だから大丈夫!ねっ?」


取り繕うように早口で紡がれた言葉からは、いつもの柔順さが全く感じられない。


妙に、不愉快だ……。


嘘をつかれているような、そんな不快感。


……だが、んなこと言ったって、俺にはどうすることも出来ねぇだろ。


大体、寂しそうとか悲しそうとか、それだって俺の勝手な思い過ごしかもしれねーし。



……こういうのは、深入りしねぇに限る。



「……無理、すんなよ」



結局、俺の口から出た言葉は、そんな他人行儀で無難な一言。



「してないよ、無理なんて」



再びあからさまな作り笑いを向けられて、なぜか胸の奥がちくりと痛んだ。




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