ならばお好きにするがいい。
「あ、そうだ!」
空気を変えるように、結城が明るい声を上げた。
「先生に渡したいものがあったの!」 そう言いながら、鞄の中をごそごそとあさると、一枚のクリアファイルを取り出した。
「あげるっ!」
一際明るい声と一緒に手渡されたそれを見て、思わず目を見張った。
あの日の、美術室だった。
窓から射し込む夕陽を浴びて、鮮やかな橙色に染まった机、その机に広げられている教科書、それを挟んで肩を並べて座っている二つの後ろ姿は、きっと俺と結城。
淡い水彩で描かれたその絵に、俺は瞬きするのも忘れて見入った。
「あのね、ここ最近小テストのために夜勉強してたから、絵描く時間があんまりなくって……。だから一枚だけなんだけど……」
こいつの描く絵には、いつも感心させられる。
正直、下手な芸術家よりずっと上手いとさえ思うし、そしてなにより、見る人間の心を打つような、不思議な魅力のある絵を描く。
そして……今回は特に。
「せん、せ……」
吸い寄せられるように延ばした手は、結城の頭を優しく撫でて。
耳まで真っ赤に染めた顔で見上げられれば、否応なしに胸を突かれる。
「……やっぱり上手いな、お前は」
それは世辞でも何でもない、紛れもない本心。
「貰っていいのか?」
「う、うん!」
「そうか」
珍しく素直に述べられた賛辞が相当嬉しかったのか、結城ははにかみながら最上級の笑顔を浮かべた。
オイ。そんな顔されたら、こっちまで照れ臭くなるじゃねーかバカ。
「ほら、さっさと家ん中入れ」
そんな気恥ずかしさを悟られないように、顔を背けながら軽く背中を押してやれば、足取り軽く歩き出す結城。
無事にあいつが家の中に入ったのを確認してから、長い溜め息をひとつ。
「ったく……早く治せよ、バカ」