ならばお好きにするがいい。
 
「あ、そうだ!」


空気を変えるように、結城が明るい声を上げた。


「先生に渡したいものがあったの!」 そう言いながら、鞄の中をごそごそとあさると、一枚のクリアファイルを取り出した。


「あげるっ!」


一際明るい声と一緒に手渡されたそれを見て、思わず目を見張った。



あの日の、美術室だった。


窓から射し込む夕陽を浴びて、鮮やかな橙色に染まった机、その机に広げられている教科書、それを挟んで肩を並べて座っている二つの後ろ姿は、きっと俺と結城。


淡い水彩で描かれたその絵に、俺は瞬きするのも忘れて見入った。



「あのね、ここ最近小テストのために夜勉強してたから、絵描く時間があんまりなくって……。だから一枚だけなんだけど……」



こいつの描く絵には、いつも感心させられる。


正直、下手な芸術家よりずっと上手いとさえ思うし、そしてなにより、見る人間の心を打つような、不思議な魅力のある絵を描く。


そして……今回は特に。



「せん、せ……」



吸い寄せられるように延ばした手は、結城の頭を優しく撫でて。


耳まで真っ赤に染めた顔で見上げられれば、否応なしに胸を突かれる。



「……やっぱり上手いな、お前は」



それは世辞でも何でもない、紛れもない本心。



「貰っていいのか?」

「う、うん!」

「そうか」


珍しく素直に述べられた賛辞が相当嬉しかったのか、結城ははにかみながら最上級の笑顔を浮かべた。


オイ。そんな顔されたら、こっちまで照れ臭くなるじゃねーかバカ。


「ほら、さっさと家ん中入れ」


そんな気恥ずかしさを悟られないように、顔を背けながら軽く背中を押してやれば、足取り軽く歩き出す結城。


無事にあいつが家の中に入ったのを確認してから、長い溜め息をひとつ。


「ったく……早く治せよ、バカ」


< 53 / 167 >

この作品をシェア

pagetop