ならばお好きにするがいい。
「おい、ふざけんなよ樫芝コラァ……。テメェ今のボール本気で投げたろ?俺が間に合わなかったらこいつ死んでたぞ!」
「ウン?でも間に合ったじゃん、良かったね」
「テメェぶっ殺す!」
あの音は、ボールが私に当たった音じゃなくて、小田切先生がボールをキャッチした音だったんだ……。
小田切先生はボールを持ったままくるりと振り返ると、座り込んだままの私に手を差し伸べた。
「おだ……ぎり……先、せ……?」
「……いつまで座ってんだ、立て」
ゆっくり手を伸ばすと、小田切先生の大きな手は私の手をしっかりと掴んで、そのまま私の体をグイッと引き上げた。
力強い手の温もり。
夢を見てるんじゃないかとか、幻想なんじゃないかと思ったけど、この手に伝わる確かな温もりが、現実なんだと教えてくれる。
「勝ちてーんだろ」
「?うん……?」
「なら俺の後ろに立ってろ」
「え……?」
「聞こえなかったのか?」
小田切先生は腰を屈めて私の視線に合わせると、私の鼻先をピンッと弾いた。
「俺が守ってやるから、お前は黙って俺の後ろに立ってろっつってんだ」
……その後のことはよく覚えてない。
“守ってやる”
その先生の言葉が、私の頭の中をいっぱいにして、もう他のことなんて考えられなくなったから。
ただ夢中で、先生の大きな後ろ姿を黙って見つめていた。
そして本当に黙って先生の後ろに立っていたら、いつの間にか試合が終わっていたんだ。
試合終了のホイッスルが鳴った時、相手のコートには誰もいなくて。
その無人のコートに溜め息を吐き捨てながら、スーツの砂ぼこりを払う先生の姿だけが、私の網膜に焼き付いた。