私を買ってください
いつ見ても頭が鈍く痛むのは、煩悩なのか、俺が会うことも喋ることもままならない娘の父だからだろうか?
そのサイトはつまるところ、ブルセラやら売春やらがネットの闇に身を潜めただけで、下着から一晩のお相手、特にケータイ的なのは自分の裸を不特定多数の人物に売って、おこずかいにしているところだろうか。たかがケータイ、しかし小さなよりパーソナルなコンピューターとして、世界を加速度的に変化させる恐ろしいツールでもある。
ひとつひとつページをめくっていくと、部屋の様子や容姿、衣服など、それぞれの家庭、それぞれの生活、それぞれの文脈がただただ胸を打つ。
よこしまな気持ちは勿論十分にあるのだが、その小骨のようなものに後ろ髪を引かれる自分がいる。
『私を買って下さい…子細応談』
画面のたくさんの情報に流されながら、ピントを合わせると、俺の高校の女子の制服であることに違和感。こんな俺だが、まじめにやれば赤門の学校に数人行けるところだ、ここに出てくるような境遇じゃないだろ?
書き込み自体にも具体的な内容や条件もなく、顔も伏せてあるし、ただもどかしさに発現したものかと憶測した。気がかり、かといって訴えたい事もなく、
「何か、買います。東高OBより」
我に返ると、あるようなないような事を書いて、メールを送信していた。
本日も単純ながらノルマに追われて、作業を黙々とこなす。昨日は迂闊だったと悔恨に胸が疼いたが、程なく忘却した。いつもどおり昼休みはケータイと会話、夜は所長の好意に甘えて飲んだ…。
所長は最近、どこの馬の骨の俺に後添えを紹介してやると張り切っている。
「この会社は良くも悪くも前時代的で、家族を大切にってことが体裁なわけだナ、それが信用と思い込んどる。君みたいな、真面目なだけの男が俺はいいとおもっとるヨ」
「君さえ良けれはナ、ウチの出戻りの与太娘をだナ…わすが長男だから、なんとかしてやらにゃーいかんワケ。ん?聞いとるのかね!…」
所長はひとしきり言いたい事だけ言って、突っ伏してイビキを掻き出した。
幸い俺はいつもの事と一滴も飲んでいない。所長の奥さんに送っていくと伝え、ケータイを見ると、メールの通知を伝えるアイコンが点滅していた…。