あなたに映る花
「…確かに俺が、徳川通直だ。母は公家の娘、父は徳川家斉公。生年月日は文化十一年(一八一四年)九月五日。没年月日は――おい。今何日だ?」
「亥三つです」
「なら天保五年八月十五日だ。謎の刺客に心臓を撃たれて即死。遺体は見つからず、遺ったのは血痕のみ――」
彼はそう言い放ち、髷を結わいている紐をするりと解いた。
今までどうやって髷にしていたのか不思議になるくらい長い髪が彼の肩を被う。
……何がなんだかわからない。
「…何故ですか?私を側室にしたのだから、身分を捨てる必要など、ないではありませんか」
浮かんでくる思いを形にして吐き出すと、弓鶴様はフン、と鼻を鳴らした。
「それじゃ意味ねえだろうが」
「え?」
怪訝に思い聞き返すと、弓鶴様の手が私の頬に置かれる。
「……我慢ならねえんだよ。お前が側室なんてな。お前以外の奴が俺の正式な妻になるなんて、考えただけで吐き気がする。……何より、お前に嫌な思いはさせたくねえ」
「……」
そっと私に触れる手に自分のそれを重ねた。
慈しむように私を見つめる目からも、暖かく包んでくれる指も、私を気遣う思いが溢れ流れてくる。