あなたに映る花
遥かな記憶は風に揺れ〈前〉
春もうららかな日。
私は、こっそり大名屋敷を抜け出していた。
この前見つけた、とても綺麗な桜を見に行こうと思ったから。
小袿の裾が地面に着かないよう、持ち上げながら走る。
正装用の上質な生地だけど、あまり好かない色だった。
やっとの思いでたどり着くと、案の定、桜は一番美しい時期を迎えていた。
ほう、と息をつき、もう少し近くに行こうと歩を進める。
けれど、桜の下の影に気づき、思わず足を止めた。
「だれ…?」
誰に言うでもなく呟く。
私はその影をよく見ようと、恐る恐る歩み寄った。
「………!」
その人がはっきり見えた瞬間。
私の視界に桜は入らなくなった。