あなたに映る花
「お互いを、桜の精だと思ってたわけだが。…よかったよ、人間で」
「?」
意味がわからず首を傾げる私に、斎藤様はさっきとは違う慈しむような眼差しを向けてくる。
「…また、会えるじゃねえか」
「え…?」
「迎えが来てるぜ」
そう斎藤様が呟いた途端、聞き慣れた乳母の幸(さち)の声が聞こえてきた。
「姫様?姫様!どちらにおいでです!?」
「…幸」
すっ、と斎藤様が私から離れた。
「……あ…」
「そんな名残惜しそうな顔すんなって」
そう笑って私の頭に手を乗せる。
「また来いよ。ここにいてやるから」
「え、でも…」
「いいから早く行け。嫁入り前の姫様が男に触れられたとありゃ、あの乳母が罰を受けちまうだろ?」
ほら、と背を押され、私は渋々歩を進める。
「本当に―本当に待っててくださいますか?」
すると彼は不敵に笑う。
「なるべく早く来いよ。――桜が散る前にな」
「――え」
それは、どういう意味だろう。
だけどそれを問う前に、彼の姿を再び桜が隠す。
風が鎮まり花びらが落ちると、もうその背中はなかった。
入れ代わりで幸がやって来る。
「姫様!ここにいらしたのですか!」
「……やはり、桜の精だったの…?」
「何かおっしゃいました?」
「…いえ、何でもありません。――ごめんなさい。帰りましょう」
さっき頭に乗せられた手に、あまり不快感を感じなくなっている自分がいた。
――それが、斎藤弓鶴との出会いだった。