嘘と紅茶とバウムクーヘン 【短編】
―――はっ?
わたしが口を開く前に、すっと自然な動きで彰哉の手が伸びた。
何事かと思う暇も無く、留処なく頬を滑り落ちていくそれを指先で優しく拭われる。
…なん、だって…?
泣く、と言ったか。
まさか。
じゃあ、これが噂の涙なのか。
まさか。
このわたしが、何で?
「泣くほど寂しいなら、ちゃんと言葉にしろよ。莫迦はどっちだ」
ぐいっ!
強い力で腕を引かれた。
抵抗する前に、彰哉の身体にどさりと凭れ掛かる。
流れるような速さで腕を回されて、腰を引き寄せられた。
『っおい、いきなり何をするんだ…!』
急に引っ張るなんて、危ないし吃驚するじゃないか。
そう文句を言ってやろうと思い顔を上げると―――思いの外、彰哉の顔が至近距離にあった。
いや、至近云々じゃない。
―――距離は、なかった。
『んんっ…!』