月光レプリカ -不完全な、ふたつの-
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「晃~? 遅かったわねぇ」
玄関を入るとお母さんの声がした。図書室で面白い本に興奮して遅くなったとか言おう。
「と、図書室で興奮しちゃって」
「なによそれ。図書室で興奮する事なんかあるの?」
間違えた。
「面白い本があって、時間忘れちゃった。着替えてくる」
「へんなの」
2階への階段を昇る。トントントン。胸の鼓動と重なる。それは部屋に入っても続いていて、足元がふわふわしていた。今日の、さっきの出来事が夢なんじゃないかって思うほど。
鞄を机に置き、ベッドにうつ伏せに倒れると、スプリングがキシ、と鳴った。
冬海が振り向く度に香ってくるシャンプーかなんかの香り。鼻に染みついていて、まだ近くに居るようだ。制服にも染みついてしまってるかもしれない。いっそ取れなくちゃえばいい。そう思った。瞼を閉じて冬海の顔を思い出すと、いっそう香りが強くなったような感じがした。
「あきら! 何してんの?」
お母さんの声が聞こえて、ハッとした。うつ伏せのまま少し眠ってしまったらしい。ドアをノックする音。
「あーごめん、いま行くよ」
まだ制服のままだったから、急いで脱ぎ捨て、昨日脱ぎっぱなしにしていたトレーナーとジャージに着替えた。ご飯食べるだけだし、これでいい。
階段を降りると、カレーの匂い。お腹が鳴った。さっきは空腹さえも忘れて冬海のことばっかりだった。お腹いっぱいだった。
サラダとお味噌汁とカレーライス。カレーにお味噌汁ってどうなの。
あたしはなんだかお母さんに顔を見られるのが恥ずかしくて、急いでスプーンを口に運んでいた。
リビングに充満するカレーの匂い。キッチンに置かれているテーブルにあたしは座って、テレビに向かって置いてあるソファーの背もたれをじっと見た。お父さんはまだ帰ってきていないらしく、テレビは付いていない。このまま急いで食べて部屋に戻ろう。