月光レプリカ -不完全な、ふたつの-
「光ちゃん」
その時。声を出したのは冬海だった。光の頭をそっと撫でて。
「なんも悪いことしてないよ。でも、自分のことカミソリで傷付けるのはダメだ」
光は、肩を震わせて泣いている。血は拭いてあげたはずだったけど、指先に少しだけ付いていた。
冬海の声は静かに優しくて、あたしの心に染みてくる。光にはどうなのか分からないけど。
「死のうと、思ったのかもしんないけど。きっと今、色々言われても何も感じないかもしんないけど」
カミソリを持って、光は死のうとしたのか。あたしは今さら、背筋がぞっとした。
「……この傷、残るかもしんない。それ見て、今日のこと思い出す、きっと」
リビングの空気に溶けるような声で、冬海は優しく言う。泣いているのは光だけど、なんだか3人とも泣いているみたいな感じだ。心が沈んで寂しくて、暗くて冷たい。
今日のことは忘れないし、忘れられない。光も同じだろうと思う。
自分の腕に、白い皮膚に縦にカミソリを入れる時、光は何を思ったんだろう。辛いから、これで楽になりたいと思ったのかもしれない。
死んで楽になりたいって。
「……ご……ごめん、お姉ちゃん」
いつの間にか光は泣き止んでいて、俯いていたけどもう涙は零していなかった。たくさん涙を吸い込んだんだろう頬はまだ濡れていた。
「お父さんとお母さんには、言わないで……」
「分かってる」
早く、涙が乾いてくれると良い。それだけを思った。
まだ小さかった頃。あたし達がまだほんの子供だった頃。あたしには当たり前に妹の光が居て、当たり前にいつも気にかけていた。お姉ちゃん、と呼ばれて、あたしは「守る」っていう事をなんとなく理解していた。自分よりも小さい存在を。
自分で死のうとしたなんて、そんなの悲しすぎるから、もしこの先また光が「死にたい」って思っても、どうかその願いだけは叶わないで欲しい。なんて、最高に自分勝手な事を考える。