月光レプリカ -不完全な、ふたつの-
 いくつか角を曲がって、見えてきた。2階建てのクリーム色のアパート。1階の一番端の部屋。

「先生、ここ。1階の一番向こうです。冬海んち」

「おう。冬海って呼んでんのか」

 しまった。うっかり。

「い、いいじゃないですかっ」

「良いよ。良い名前だよなー冬海って。冬の海。良い名前」

 ひとり言のようにそう言いながら、あたしを追い越す。

 良い名前、キレイな名前。冬海。冬の海。


 ドアの前まで来て、緊張がマックスになる。インターホンを押すとピンポーンと聞こえてくる。キッチンかお風呂の窓だったか、ドアの隣に窓がある。間取りはどうだったっけ……。

 ドンドン! 吉永先生はノック……というかドアを拳で叩いていた。「園沢くーん。俺です吉永です!」

 返事が無い。たとえ部屋に冬海が居たとしても、無断欠席をしてて出ては来ないだろう。あたしもドアをノックした。コンコン。

「冬海ー。あたし、晃です。来たよー」

 できるだけ明るく言ってみた。あたし達が今どうだろうと、吉永先生には無関係だったし、余計な詮索されたくなかったから。

「……返事、無いですね」

「居ないか?」

 返事は無い。悪趣味だと思ったけど、ドアに耳を付けてみた。目だった音は聞こえない。息を潜めてるかもしれないし、奥の部屋で寝ているかもしれない。

「おばあさんも居ないのかー?」ドンドン、先生はまたドアを叩く。

 誰も出てこないということは、おばあちゃんも居ないということか。2人で買い物にでも行ったとか。


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