見えない糸
家に戻ると、紗織はジュースを飲みながらテレビを観ていた。
「あの人、帰ったんでしよ?」
あの人って...そんな言い方しなくても...
「ああ、帰ったよ」
茶碗を片付けながら言った。
それにしても、小谷は何を話したんだろう?
今日ここに来た理由は、あの手紙を見せるためだけだったのか?
それとも、紗織の成長を見たかっただけなのか?
「オジサン」
紗織は直次に背中を向けたまま言った。
「んー?何だ?」
タバコに火を点け、煙を吐きながら答えた。
「アタシ、あの人嫌いよ」
「そーか?悪い人じゃないぞ?」
「オジサンは知らないだけ、気付いてないだけよ」
そう言うと、テーブルに出ていたお菓子をつまんだ。
俺が知らないだけ?紗織は何を知ってるんだ?
「それと、さっき小谷先生が何か言ったよね?何を言ったんだ?」
紗織は「んー」と言った後
「覚えてない」と首を横に振った。
何かを知ってるんだろうか?
紗織が知ってる小谷の姿と、小谷が知ってる紗織の姿があるのか?
そして、それを知らないのは俺だけなのか?
開けたばかりのタバコが、もう残り1本になっていた。