見えない糸

前回、思い出した所までは、すんなり話せた。

「紗織、今は小学生だ」

暫くすると、紗織の表情に変化が見られた。

それは前回と同じように、下唇を噛みながら眉間にシワを寄せている。

「じゃ...幼稚園まで戻ろうか...さ、楽しい幼稚園だよ。何が見える?」

直次は、ゆっくり問いかけた。

紗織の厳しい表情が一変して、柔らかな表情になった。

「...お母さんがいる...隣で...手を繋いで...」

「それは、何をしてる?」

「バスから降りたら、お母さんが迎えにきてて...歩いてる...」

どうやら幼稚園から帰る所らしい。

「幼稚園の友達の名前は知ってるかい?」

「...名前までは...でも仲良くしてた女の子がいた...」

まあ、卒園して何年も経ってるんだし、何も記憶障害でなくても忘れてて不思議ではない。

「そうか。じゃ、いよいよ小学校に入学するよ。1年生だ」


大抵は入学前になると、ランドセルや学習机とか新しい物がいっぱいで、嬉しい事が多いはずだ。

だから紗織も、そんな楽しい表情になるかと思ったら、そうでもなかった。

「紗織、今は誰と一緒にいる?」

「お母さんと...お父さん」

ここで初めて、お父さんが現れた。

小谷からは、紗織は母子家庭と聞いていたからだ。

「お父さんの名前、わかるかい?」

ううん、と首を振る紗織。

そうか...次の質問をしようとした時、紗織は涙を流していた。

「お父さん、どこ行くの?」





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