見えない糸
「オジサン、これ…どういうこと?」
「紗織が話してくれた事の中に、お父さんの存在があったんだ。紗織はお父さんの名前も分からないだろ?俺も知らない。だから、次はソレを調べようと思うんだ」
ふーんと言いながらメモを直次に手渡すと、少し考えてから紗織が口を開いた。
「アタシ、お父さんの顔…覚えてない。それなのに” お父さん “って言ったんだ…」
直次は鞄の中から新しいタバコを出し、フィルムを剥いでトントンと指先でタバコを1本取った。
「お前の中で、お父さんは記憶にあるんだ。今は姿が分からなくても、いつか思い出すかもよ。それに…」
そう言ってタバコを咥え火を点けると、深く吸い込んだ煙をフーッと吐きながら
「お母さんの顔だって、今はハッキリしないだろ?」
灰皿にタバコを置いて、直次は紗織に訊いた。
「うん…影みたいになってて分からない…」
静かな部屋に『チリチリ…』と、直次のタバコを吸い込む時の音だけが聞こえる。
「ま、ゆっくり…時間かけて戻っていこうや」
「うん。じゃ…そろそろ部屋に行くね。オジサン、おやすみなさい」
ニコッと微笑んで、紗織は出て行った。
直次はパソコンを起動させると、今回と前回までの治療の推移を読んでいた。
紗織を取り巻く人物の中に、分からない人が多すぎる。
施設職員だった小谷でさえ、謎めいている。
小谷は、まだ直次に話していない事実を知っているに違いない。
じゃ、何故言わないのか?
言わなくてもいいと思ったのか?
今の状態で小谷に追求しても、答えてくれるのだろうか?