見えない糸
血染めの糸
小谷が話した出来事は、巷ではよくある話なのかもしれない。
好きになった人が独身者か、既婚者か…という類いだ。
ただ、昔の彼女とは想像もつかないほどのセリフが次々と出てくるので、正直驚いていた。
小谷に会ったら、小谷が話した事をしっかりメモとる勢いだったのに、彼女の熱い部分に圧倒されてしまった。
「先生、私は高谷を殺してませんよ!」
疑われてると思ったのか、小谷はすごい剣幕で直次に言った。
「いやいや、小谷さんが殺したとは思ってませんよ…」
両手と首をブンブン横に振った。
「僕が思ったのは、この写真を見つけ、高谷さん本人から話を聞くまで、どれくらいの時間があったのかという事です。写真を見つけても黙ったまま調べようと思えば出来るじゃないですか?いくらなんでも、これを見つけても知らないフリするなんて小谷さんの性格…いや、失礼…やっぱり誰なのか知りたくなるのが普通ですよ」
【捕らえた獲物は離さないというような】と言いそうになったのを、何とか堪えた。
よく耐えた!心の中で直次は自分を誉めていた。
「写真を見つけても、直ぐには聞けませんでした」
小谷は、ゆっくり時間を遡るように答えた。
「自分で探し出す勇気もありませんでした…仕事が忙しいというのもありましたが、どこから、どうやって探し出せばいいのか…誰にも相談も出来ませんし」
「その頃は、児童福祉施設に?」
「ええ。職員として働いていました。写真を見つけて、高谷に問い詰めるまでは…確か10日くらいは過ぎていたかも…一緒に住んでいたわけじゃないですし」
小谷はソファーから立ち上がると、吸い殻で一杯になった灰皿をキッチンまで持って行き、ビニール袋の中に吸い殻を入れた。
「高谷から写真の話を聞いて、それから毎日は会わなくなりました。私はテッキリ、紗織ちゃんの家に行ってるモンだと思っていたし、自分の立場も分かっていたので…でも本音は、私と一緒になってほしかった」
新しい灰皿を棚から出し、またタバコに火を点けた。
どこか寂しげな彼女の立ち姿だった。