見えない糸
小谷が未だに結婚していないのは、それだけ高谷が好きだったからなのか…
もう、彼以上に愛せる人を、探す気もおきないのかもしれないな…
ある程度の年齢になってから恋に落ちたら、やっぱり『結婚』の二文字が頭を過ぎるだろう。
人は、そう簡単に気持ちの切り替えなんて出来ない。
彼と別れたくないから2番目でもいいと言ったんだろうけど、それで満足できる筈がない。
愛してる人に1番愛されたい、そう思わないのか?
女って、そんなもんなのか?
俺は、そこまで誰かを愛しただろうか?
子供を愛するとかじゃなく、1人の女性を心底愛したことがあっただろうか?
直次は鞄からタバコを取り出した。
小谷は真新しい灰皿を直次の前に差し出した。
軽く会釈をしタバコに火を点けると、深く煙を吸い込んだ。
「先生は…ご結婚なさらないんですか?」
直次の前の席に座った小谷が、ポツリと聞いた。
「今は考えていません。というか、多分これからも結婚はしないでしょうね。こんなこと言うのは何ですが、僕は心から誰かを愛したことがないんじゃないかな」
苦笑いしながら答えた。
何だか、小谷が知っている紗織の事を全て聞き出す勢いでいたのに、小谷の熱い部分を見て、それに飲み込まれた感じになった。
吸っていたタバコを消し、テーブルに置いていた手帳を鞄にしまった。
「そろそろ、おいとまします」
席を立ち玄関に向かった。
ドアを開け小谷に会釈をし、背を向けると
「先生、全てを知っても後悔しないで下さい」
そう言った。
「さっきも言いましたよね。でも僕は、紗織の記憶を戻すため、欠けている部分を戻すために調べてるし、それらを知りたいと思ってるんです。後悔はしません」
直次は力強く答えて、小谷の家を後にした。