見えない糸
直次は鞄からタバコを取り出し、火を点けながら考えた。
小谷は全てを知っていたのか?
紗織の顔も、紗織の母親の顔も、当然ながら高谷の事も知っていた。
高谷が小谷の部屋に、紗織の母親と仲良く写ってる写真を忘れるくらいだから、意外と紗織達にバレてるんじゃないのか?
結構、女に対してはルーズだったみたいだし。
「また何か思い出したら、僕の携帯に連絡いただけませんか…名刺の裏に番号を書いておきます」
直次は胸ポケットから名刺入れを出すと、中から1枚抜き、裏にサラサラっと書いた。
「夜でも常に持ち歩いているので、だいたいは出られます」
小谷の前に、それを差し出した。
「わかりました。でも、何度も言うように、全てを思い出すことが幸せとは限らないんですよ?今のままが、紗織ちゃんにとって最高の幸せかもしれないという事を、忘れないで欲しいんです」
「ええ」
直次は頷き、タバコの火を消した。
「それでも僕は、紗織の忘れてしまっている記憶のピースを埋めてあげる事が、彼女の最高の幸せだと思っています」
小谷は視線を落とし、そうですか…と呟いた。
「あ、そうそう。名刺に書いてある病院の電話ですが、僕しばらく病院を休むことになったので、そちらには掛けないで下さい」
「ええ。でも、どうして休むんですか?」
玄関ドアを開けながら直次は言った。
「紗織の過去を探すためです」