見えない糸
近づく糸
自宅に戻ると、玄関にあるはずの紗織の靴が無かった。
どうやら出掛けているようだ。
リビングにも寄らず、真っ直ぐに直次の部屋に向かう。
ドアの前に立つと、反対側の紗織の部屋が気になった。
「紗織、いるか?」
声を掛けてみたが返事はなかった。
『当たり前だよな…何やってんだ俺』
苦笑いしながら、自分の部屋のドアを開けた。
鞄をテーブルに置き、服を着替える。
「当分はスーツを着ることも無いな…」
直次は脱いだそれを雑に紙袋に入れると、その紙袋を持って部屋を出た。
いつもは何かしらの音はするのに、今は何も聞こえない。
こんなに寂しかったんだな…改めて思った。
浴室の隣にある洗濯機の側に紙袋を置くと、自分の部屋に戻った。
タバコを取り出し火を点ける。
『そういえば…』フッと思った。
確か小谷は、タバコが嫌いだったんじゃなかったか?
喫茶店で会った時や家に来た時、タバコは苦手ですって言ってたよな?
でも今日はタバコを吸っていた。
つい最近、タバコを始めたって感じではなかったぞ。
銘柄もキツいモノだったし…
直次は左手の人差し指と中指に挟んだ、タバコのフィルターを見ながら
「コレよりキツいタバコだったし」と呟いた。
イラつく内容の話題だったから、いつもよりタバコを吸う量が増えたんだろうか?
それにしたって、あの吸い方はナイよな…
あっという間に、灰皿は吸い殻でいっぱいになったもんな。
直次はタバコを咥えながら、鞄から手帳を出した。