見えない糸
小谷は、直次の向かい側のソファーに腰掛け、直次の様子を見ながらタバコを咥えていた。
「先生がお帰りになった後、それを思い出したんです」
タバコを指に挟んだまま、テーブルに置かれた小箱を指しながら言った。
「あまり触れたくない…忘れかけていたものでした…」
トントンと、灰皿にタバコの灰を落としながら、彼女は続けた。
「その記事には、名前や詳しい住所は書いてませんが、私は高谷の事だと思いました。別れても好きな気持ちのままでしたし、こんなこと変でしょうが…彼にとって、ここが気の休まる場所になればと…体を重ねることが、あろうと無かろうと、紗織ちゃんのお母さんにはない、私だけが持つ彼への空気というか…まぁ、ヨリ戻したかったいというのが本音なんです。いつ来るか分からない、来る可能性の方が低くても、それでも待っていた…」
そこに、この記事を見つけたという訳だった。
「小谷さんは、これを高谷さんの事だと確かめたんですか?」
「…ええ…紗織ちゃんの家の近くまで行ったんです」
ん?紗織の家を知っていたのか?
さっきは知らないと言っていたじゃないか?!
「実は…知っていたんです…紗織ちゃんの自宅を」
「それなら、紗織の母親と会ったことがあるんじゃないですか?」
「違います!」
小谷は強く否定した。
「高谷が忘れていった写真では彼女を見たことがあります。でも、実際に会ったことは一度もありません!本当です!」
「そうですか?紗織の自宅を知ってしまったのなら、特に、好きな人が“そこ”にいると分かっているのなら、乗り込むまでは無くても、見てみたいとか、そう考えませんか?考えた事もないんですか?」
「そんな事しませんよ!それに…」
小谷はタバコの火を消しながら続けた。
「私は2番目か、それ以下なんです。高谷を繋ぎ止めるためには、嫌われないようにするには、表立つ事をしちゃダメなんです…」