見えない糸
糸の先

直次は、タバコを一本取り出し、火を点けた。
ゆっくりと、そして深く吸い込むと、静かに吐き出した。

煙はまるで一筋の糸のように、細く長く、空気を漂っていた。

あんなに、たくさんタバコを吸っていた小谷は、タバコにも手を着けず、口を両手で覆いながら、嗚咽と共に涙を流していた。

窓の外から聞こえる、楽しそうな笑い声とは対照的に、部屋にある壁時計の秒針の音と、直次が吸うタバコの、フィルターが焼ける音だけが聞こえている。

直次は、彼女が口を開くのを、黙って待っていた。

何年もの長い間、このパンドラの箱の中に全てを閉まいこみ、そして、この箱の存在ごと永遠に葬るはずだったのに…
それを引きずり出し、開けさせてしまったからだ。

彼女が今まで、必死になって張っていた糸が、箱を開けたと共に切れたのだ。

肩を震わせながら泣いている彼女を見ると、直次に隠さなきゃならない秘密の大きさを窺わせた。

次のタバコが、ここに来てもう5本目になるという所で

「先生...」小谷が話し出した。

「はい...?」咥えていたタバコを口から外して、直次は答えた。

「前に...知らないままの方がいいと私は言いました。その考えは、この箱を開ける覚悟が出来るまで、変わりませんでした...でも、こうして開けてしまっては、言わないままということは、出来なくなりました...」

「僕は、どんなことがあろうと、それを受け入れます。僕は大丈夫です。そして、紗織に対しても同じです」

唇をキュッと結んだまま、下をむく彼女が、次に話す言葉は何なのか...
直次は緊張して待っていた。

「私は...紗織ちゃんの母親に会いました...」

やっぱり、そうだろうと思っていた。

「私が...彼女に高谷を紹介したんです...」

「ああ、友達に自分の彼氏を紹介した、そんな感じですか?」

「違うんです...」小谷は首を横に振った。

「誰かいい人いない?そう紗織ちゃんの母親に言われて...彼を...高谷を紹介したんです」

ん?自分の彼氏を誰かに渡すような、そんなことするか?



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