見えない糸
「んー」
直次は頭をポリポリ掻きながら、さっきのタバコを咥え直して火を点けた。
「小谷さん、あなたの彼氏である高谷さんを、どうして紗織の母親に?普通は考えられませんよ。女遊びは止めてほしい、自分を最後にしてほしい、そう彼に望んだんじゃなかったですか?」
小谷は下を向いたままだった。
「それとも、紗織の母親の方から、高谷さんと別れてくれと頼まれたんですか?」
「...いいえ...」
小谷は一向に顔を上げようとはしなかった。
直次はタバコを吸うと、ため息をつくように煙を吐き出しながら言った。
「僕は、信じられません」
自分の大切な男を、誰かに差し出すなんて。
結婚したいとまで思っていた男を、自ら他の、しかも知り合いの人に渡すなんて!
だいたい、紗織の母親とは、いつからの知り合いなのか?
小谷が話したことの、全部ではなくても、殆どが嘘だったのか?
嘘だとしたら、何のために?
だんだん、イラついてる自分をおさめようと、席を立とうとすると、携帯電話のバイブ音がした。
画面には【紗織】と表示されている。
「すみません、ちょっと電話を...紗織からなんで」
小谷は下を向いたまま頷いた。
『オジサン、洗濯機の横の紙袋、クリーニングに出すの?私の服もあるから一緒に出してくるけど?』
「ああ、頼むよ」
『今夜はオジサンと居酒屋に行く約束してたんだから、早く帰ってきてね』
電話の向こうの紗織は、ゴキゲンな声だった。
直次の気分はゴキゲンじゃない。
これから小谷が何を言うのか、気になって仕方がないからだ。