見えない糸
「オジサン、次いいよ」

お風呂からあがった紗織が、頭にタオルを巻いてリビングに戻ってきた。

「ん?ああ…」

直次はタバコの火を消した。

「オジサン、タバコ吸いすぎじゃない?医者なんだからタバコ止めなきゃ」

テーブルの上にある灰皿の中の吸い殻を見て、紗織は少し困った顔をして言った。

「まあな、本当はそうだけど…今は止める気ない」

「オジサンの体だから…でもオジサンがいなくなったら、アタシは困るし絶対イヤだからね」

「ん…ありがとう。じゃ風呂入るかな」

「いってらっしゃーい」

紗織は冷蔵庫からコーラを出し、ゴクゴクッと美味しそうに飲んだ。

熱めのお湯に体を預けた。
ザバーッと勢いよく、浴槽からお湯が流れていく。

『紗織は本当に、過去の記憶を思い出さなくてもいいと、思ってるんだろうか?』

湯気で一杯の浴室の天井を見上げながら、直次は溜め息をついた。

「あ~何だか溜め息ばかりだな…俺…」

小さな独り言を言いながら、浴槽を出た。


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