見えない糸

直次は紗織の部屋の前にいた。

何て声をかけたらいいのか、思い付かないまま

「紗織」

と、ドアをノックしながら、名前を呼んだ。

部屋の中の紗織から返事はない。

もう一度ノックをするが、やはり返事はない。

返事どころか、物音一つしなかった。

本当は紗織に聞きたかった。

『少しでも過去の事を思い出したのか?』と。

でも、ここで強引に部屋に入ったら、紗織に嫌われる。

それだけでない。

もう二度と、過去を取り戻す治療が出来なくなってしまう...

直次は諦めて、自分の部屋に戻った。


椅子に座り、深い溜め息をついた。

どうして写真を鞄にしまわなかったんだろう。

紗織に見られてしまった後悔ばかりが、直次を襲った。

ハッキリはしないが...

紗織は多分、何かを思い出したはずだ。

どうやって、どのタイミングで聞き出そうか...

タバコを咥え火を点けた。

フーッと吐き出した煙は、まっすぐ延びると、その先で海の波のように漂っている。

『ホントに...俺は何やってんだよ!!』

自分自身に、かなりイライラしていた。

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