見えない糸
扉の鍵
直次はリビングに戻り、ソファーに腰掛けた。
「どうした?紗織」
どうしたも、こうしたもない。
言いたい事は、何となく分かっている。
「先生。私...思い出したわ」
「何を思い出したんだ?」
「私の過去を。全てではないけど...」
「そうか...」
その次の言葉が出てこなかった。
いや、言ってはいけない言葉だと思っているから、敢えて言わないだけだが。
「もう、2時近くなのね...」
紗織は、時計を見ながら呟いた。
「先生、今から出来る?」
「ん?何がだ?」
「記憶の治療」
まさか、紗織の方から言われるとは思わなかった。
「今から?こんな時間からか?」
直次の言葉に、紗織はコクンと頷いた。
「今、わかってる記憶が明日になったら消えるとは思ってないよ。でも、治療に対する決心は、確実に鈍ると思う。無謀かもしれないけど、覚悟が出来てる今しか、タイミングが無いかもしれない」
真剣に直次の目を見て話す紗織。
それは、強い意思の表れだ。
「でもな、紗織。思い出したくない過去を、知ることにもなるんだぞ」
そう言うと、紗織は、フフッと笑って言った。
「今更なに言ってるの? “ 思い出さないままでいい ” そう言ったのに、治療をすすめたのは先生じゃない」