見えない糸
紗織の言葉に少し戸惑ったが、確かにこのタイミングは、今までの中で一番いいのかもしれない。
「ほら、早く...」
促されながら、直次の部屋に入った。
とっとと始めましょうと言わんばかりに、ドカッと椅子に座る紗織を見て、
「どうしたんだよ、何か変だぞ?」
と言った。
「別に変じゃないわ」
「そうか?いつもの感じと大分違うけど」
直次はタバコを咥え火を点けながら言った。
「少し過去を思い出したことに、何とも言い様の無い “ 恐怖感 ” があるの」
「恐怖?」
窓を開け、外に向けて煙を吐きながら、直次は紗織の言葉に耳を傾けた。
「そう...何か、もうこれ以上、過去を探してはいけないって、誰かに警告されてるような。でも、それが誰なのか知りたいから、ここでアタシの気持ちが変わる前に、先生にお願いしたの」
普通、警告を感じたのなら、もう治療しないって言うだろう。
それでも、時間に関係無く治療したいというのは...
覚悟が出来てるんだな。
直次はタバコの火を灰皿に押し付けながら消すと、すぐに新しいタバコに火を点けた。
「これ吸い終わったら始めよう」
「まだ吸うの?」
半ば呆れ顔の紗織に、直次は答えた。
「こっちにも、覚悟が必要なんだ」