見えない糸

治療が始まった。

今、直次の目の前にいる紗織は、静かに目を閉じているが、彼女の意識は、過去に向かって、ゆっくり歩いている。

その先にある、新しい扉の鍵を手にしながら。


直次は、鞄に押し込んだ写真と手帳を取り出した。

紗織は、どこまで思い出すんだろう...不安な気持ちが直次を襲った。

「紗織、今何歳だい?」

少しうつ向いている紗織に、直次は優しく声をかけた。

「...9歳」

9歳といったら小学3年生か。

直次は机の引き出しからノートを取り出すと、紗織が話したことを書き留めた。

「じゃ、今はどこにいるの?」

「...ここは...お家...」

「お家で何をしてるの?」

「学校から帰ってきたの」

紗織の声も、何となく子供っぽく聞こえる。

「学校から帰った後、どうするの?」

「これから、オバチャンの所に行くの」

「オバチャンって誰かな?名前は分かるかい?」

少し考え込んでから紗織は答えた。

「先生...しずちゃん先生の所」

「しずちゃん先生?紗織の学校の先生かい?」

紗織は首を横に振って言った。

「ううん...パパやママがいない、お友達の所だよ」

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