求愛
結香さんを残して先にトイレを後にし、席に戻ろうとした時だった。


ついたて一枚を挟んだ向こうから、タカと道明さんの話し声が聞こえ、足が止まる。



「道明くんって、結香のこと好きなわけ?」


「お前さぁ、中学生でもねぇんだから、一緒に飯食った程度でいちいち“好き”とかに直結させんなよ。」


「けど、結香は姉ちゃんと似てる。」


「………」


「だから道明くんは、想いに答えてやる気もねぇのに、今も結香を指名し続けてんじゃねぇの?」


タカの問いは直球過ぎて、道明さんは沈黙する。


今しがた結香さんの気持ちを聞いてしまったあたしが、彼らの会話を盗み聞くべきではないはずなのに、なのに動くことが出来なかった。



「やめろよ、俺のことはもう良いだろ。」


他人の世話ばかりしたがる道明さんは、タカよりずっと、自分のことなんて話さない。


だから結局、彼の本当の気持ちなんてわからないままだ。


何事もなかったようにあたしが席に戻ると、ふたりは重い空気を引きづっていた。


それでも、笑顔の結香さんが戻って来れば、その場の雰囲気をすぐに華やかなものへと変えてくれる。


本当にすごい人。



「ちょっと、お酒ないじゃーん!」


彼女の態度は誰の前でも変わらない。


例えば悩みのない人間なんていないのと一緒で、あたし達はそれぞれに思い悩むことがあったけれど、でもそれを隠し、笑いながら生きていた。


時に酒で誤魔化しながら、胸に抱えたものを晒さないようにと必死だったのかもしれない。

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