求愛
その後、道明さんの携帯が鳴り、彼は呼び出されたようで、行ってしまった。


結香さんも「ふたりの邪魔はしないよー。」なんて言って、先に帰ってしまう。


あたしとタカは再び静かになった席で向かい合った。



「さっきの話、ホントは聞いてたんだろ?」


タカの問いに言葉が詰まる。



「俺、道明くんの恋愛に口出すつもりねぇし、今はもういない姉ちゃんばっかに縛られるべきじゃねぇと思ってんだ。」


思ってんだけどさぁ、と、彼は言って顔を俯かせた。



「俺多分まだ、道明くんのこと心のどこかで恨んでんの。
姉ちゃんが死んだのはあの人の所為じゃないってわかってても、それでも忘れてほしくないっつーか、矛盾してんだけどさ。」


「………」


「道明くんはそういう俺の気持ちとか知ってるから、気使ってるんだよ。
あの人は、残された俺のために恋愛とか捨てちゃったから。」


アイさんの死の理由は、今も知らない。


けど、でも、タカも道明さんも、今もそれに縛られていることだけはわかる。



「タカは結香さんのこと嫌いなの?」


だってさっき、彼はほとんどあの人を見ようとはしていなかったから。



「いや、結香がどうとかじゃないんだ。
ただ、道明くんはいつも俺に何も言ってくれないから、そういうのがムカついて。」


「でも結香さんは悪い人じゃないよ?」


わかってる。


そう言ったタカの顔は、やっぱり寂しげだった。


人を縛るものは、いつも過去という名の記憶で、今もあたし達はそれと折り合いをつけられず、上手くは生きられない。


グラスの中の氷は溶け切っていた。

< 161 / 322 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop