求愛
「やめなよ、春樹。」


あたしの言葉に、春樹はまた悔しそうに拳を作った。


あの頃、一番に守ってくれるべき両親に捨てられたという現実が、どれほど彼の心をえぐたことか。


けれどそんなことは、彼女には届かないとわかってるから。



「扶養する義務だけで、もうあたし達の間には親も子もないんだから、何を言われようと関係ないし。」


お母さんは怒りに震えた形相を見せるけれど、



「姉貴は何も悪ぃことやってねぇだろ!」


どうして春樹があたしを庇ってくれるのだろう。


互いに憎しみ合っていたはずなのに、結局は血の繋がった姉弟ということか。



「俺らは親の人形じゃなくて、ちゃんとした人間なんだよ!」


そこにあった灰皿を床に叩き付け、春樹は部屋を出ていった。


彼なりの心の叫びに、あたしはやっぱり顔を俯かせることしか出来なかった。


でも、恐怖に身を縮めていたお母さんは、一瞬呆けた後、咳払いをしてから再び苦々しさに顔を歪める。



「あんな悪魔みたい口ぶりのどこが“人間”なのかしら。」


人間じゃないのはアンタの方だよ。


けれど言い掛けるより先に、彼女はバッグから一冊のパンフレットを取り出し、あたしの前に投げ捨てた。


見るとそれは、大学の案内だ。



「あなたは春からそこに通いなさい。」

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