求愛
「…は?」


「どうせ先のことなんて何も考えてないんでしょう?
そこの理工学部の教授はお父さんの友人だから、もう頼んでおいたの。」


開かれているページに載った写真は、見知った顔だ。


テレビなんかでもコメンテーターを務めている有名な教授で、こうも簡単に裏口入学が成立するなんて思わなかったけれど。



「最初から春樹には何の期待もしていないし、せめてあなただけは名前の通った大学に入って学歴を残してくれなきゃ、こっちだって困るのよ。」


「………」


「そうすればお金だって今まで通り与えてあげるから、言うことを聞いていなさい。」


どこまで馬鹿にされているのだろうか。


苛立ちの中で、あたしはパンフレットを破り捨てた。



「リサ!」


刹那、再び振り上げられた平手。


けれどあたしが睨み付けると、彼女はぐっと唇を噛み締めた。



「あたしや春樹が邪魔なら、殺せば?」


「………」


「別にアンタなんか怖くないし、5年間顔も見てないようなお父さんの体裁がどうだろうと、こっちには何の関係もないんだから。」


言葉を失ったような顔をしたお母さんを見て、あたしもさっさと部屋を後にした。


夏の夜なのに、心に開いた穴に吹いた風は、驚くほど冷たく乾いていた。


期待なんかしてないつもりだったのに、滑稽な話だ。


あたし達の存在は、一体何なのだろう。


考える分だけ虚しくて、そして愛されてもいない現実を憂いてしまうよ。

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