求愛
タカはあたしを一瞥し、唇を噛み締める。



「俺が行ってやるから、あとは任せてここで待ってろ!」


それでも、彼は道明さんを振り切って部屋を出た。


取り残されたあたしは膝を抱えながら、また思い出したように涙が溢れる顔を覆う。



「あの馬鹿が!」


道明さんはそう言いながらも悔しそうな色を滲ませていた。


彼は煙草を咥え、ため息混じりに息を吐く。



「リサちゃんももう泣くなって。
さすがに俺も、タカの女の唇奪ってまで慰めてやることは出来ねぇんだから。」


ほら、と一口吸った煙草を渡されたが、とても吸う気にはなれなかった。


指に挟んだそれの煙は、部屋を漂いながら消える。


沈黙の中で、彼は言葉を手繰り寄せた。



「アイが殺された理由、聞いてねぇんだろ?」


あたしが頷くと、



「ストーカー殺人だよ。」


道明さんはぽつりとだけ呟いた。


驚いて顔を上げてみれば、彼は悲しそうな瞳を下げる。



「キャバの客にしつこいヤツがいたんだよ。
なのに俺は当時、忙しさにかまけてアイの話なんか聞いてやらなかった。」


「………」


「そしたらアイツ結局、仕事帰りに襲われて、そのまま殺されちまったよ。」


自嘲気味に彼は言った。


あたしだってあの時、殺されていたかもしれないんだと思うと、タカがあれほどまでに取り乱した意味がようやくわかった。

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