求愛
すっかり肌寒くなった病院の廊下を歩きながら、ひとつの扉をノックし、部屋に入った。


今日も変わらぬ弟の姿に笑みが零れ、



「春樹、元気そうじゃない。」


起きていた春樹は、視線だけを動かし、意思を伝えてくれる。


この子が植物状態から奇跡的に意識を取り戻したのは、2年と少し前のこと。


もちろん脳へのダメージが大きかったため、後遺症が残り、動くことはおろか、喋ることさえ出来ないけれど。


でも、リハビリの甲斐もあり、今ではまばたきで会話が出来るようにまでなった。


声は届いているのだと思うと、嬉しくなる。



「あたし明日は休みだし、晴れてたら先生に許可貰って、外に出よう?」


「………」


「それにね、もしかしたらクリスマスには外泊も出来るかも、って。
まぁ、もう少し先のことだけど、あたし今からすごい楽しみなんだぁ。」


春樹は窓の外へと視線を移した。



「どうしたの?」


と、聞いた時、彼の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。


そういえばあの事件は、ちょうど6年前の今頃だったね。


春樹は今、何を想い、泣いているのだろう。



「ごめんね、守ってあげられなくて。」


そっと抱き締めた体は、あたたかかった。


うー、と唸るように声を発した彼に、あたしは、



「でも、大丈夫。
あたしはいつだって傍にいるからね。」


懺悔ではなく、そう思う。


春樹の回復を支えに生きている今、あたしはとても幸せだから。

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