求愛
それ以来、あたしはシロの世話をするために、頻繁にタカの部屋に通うようになった。


大体、行く前にメールだけを入れておくと、少し経ってから返信が入っていたりする。


タカは帰ってきたり来なかったりだが、詮索しようとは思わない。


と、いうか、彼は女の影を隠すことはない。


仕事なのか何なのか、いつも違う香水の残り香を引き連れて、シロを抱き締めるあたしを抱く。


ついでに言えば、道明さんも、たまにタカの部屋にやってくる。


なので、知らない間にあたしも仲良くなってしまった。


ヤクザなんてろくでもないだけだと思っていたけれど、でも道明さんは妙に人懐っこくて少し困る。



「飯の世話までしてくれるなんて、よく出来た家出娘だな。」


前に、そんな風に言われたことを覚えている。


タカが「何か作って。」と言ってきた時から、あたしはこの部屋で料理までするようになってしまった。


けれどここにも、女の影はあった。


食器棚には最初から3人分の食器が揃えられていたし、蒸し器や卵焼き用のフライパンなんかは、男じゃちょっと買わないだろうから。


ましてや、塩と砂糖の区別もつかないような、タカなんかじゃ。



「誰かと暮らしてたの?」


一度だけ、そう聞いたことがある。


でも、タカはいつものように何も答えなかったので、あたしは今も、誰が買ったのかもわからない食器で彼に手料理を振る舞っている。


絶対に捨てようとはしないそれには、何か思い入れでもあるのだろうか。


まぁ、それ以上聞く気はないけれど。

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