求愛
タカは乱れた服を直しながら、あたしの上から降りてソファーに座った。


そして煙草を咥えた彼は、今までこちらに向けていた刃物をポケットへと仕舞う。


まぁ、携帯は取り上げられてるし、素性も知られている以上、あたしが逃げ切れるはずもないだろうけど。


でも、何でも良いから、せめてこの両手の拘束だけはどうにかしてほしいものだ。


崩れるようにフローリングに倒れ込むと、簡単に火照った体の熱が奪われる。


刹那、タカのポケットから携帯の着信音が響いた。



「はい、あぁ、わかった。
なら冬柴さんから金を受け取ったら、今日はもう良いから。」


先ほどの男達との通話なのだろう。


すぐに切ると、彼は物憂げな顔であたしを見た。



「なぁ、本気で死にたいとか思ってんの?」


「……え?」


「まぁ、こんな時代だし、誰だって同じようなもんなんだろうけどさ。」


まるで独り言のように呟かれた台詞は、沈黙に消えた。


今度は監禁するつもりなのか知らないが、でもきっとあたしを心配をする人間なんていないだろうと、悲しむでもなく思う。



「ねぇ、別に逃げようなんて考えてないから、この紐だけは解いてよ。」


拘束された両手首は、紐によって擦れ、真っ赤になっていた。


タカは舌打ち混じりにため息を吐き、仕方がないといった感じでそれを解いてくれた。



「ありがと。」


なんて、礼を言うのもおかしな話なんだけど。



「ついでに煙草も貰って良い?」


マルボロのメンソール。


その煙を吸い込み吐き出した時、やっとまともに呼吸を許された気がした。

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