雨が降ったら
卒業式に自転車はないだろうと、朝は母が車で送ってくれた。
そのくせ帰りはバスで来いと言い、半端な時刻で人気(ひとけ)のないバスに揺られながら、
住み慣れた町を新鮮な気持ちで見つめる。
なぜなら、こんな真っ昼間、まして晴れの日に、バスからの景色を眺める機会はなかったから。
高い建物が少なく、澄み渡る空が近くに見える。
スズメのつがいが飛んでいく。
等間隔に植えられた街路樹には、気を利かせた町内会による卒業生を祝う装飾が施(ほどこ)されていた。
バスから見える風景はいつも薄暗くて、陰鬱な気分にさせるものばかりだった。
陽がまだ高い位置にある時間帯に帰れた日には、彼もこの景色を見ていたに違いない。
わたしたちの町は華やかさが足りず、多少殺風景ではあるけれど、
彼が見ていたものと同じ景色を自分も目にしていると思うと、見慣れたこの町もすこしだけ輝いて見えた。
四月からはもうバスを利用することはない。
家から近い学校への進学をわたしは希望した。
自転車で十分とかからず、雨が降っても徒歩で充分通える距離だ。
最初で最後、晴れ空の下、バスから眺める見納めの景色を胸にひっそりとしまい込み、
わたしは彼の座っていたシートから腰を上げた。