雨が降ったら
動き出す。
そのとき世界が、淡く色づいた気がした。
この手が綴ったその先で、わたしはどうしているだろう。
いつも使っているシャーペンがやたらと重く感じられた。
進まない手。浮かばない文章。
ようやく思いついた言葉も、なにかちがうと即座に打ち消す。
まぶたを閉じると現れる、ほんの数秒の彼の顔。
手紙を渡すと恥ずかしそうに俯いて、彼の髪の長さでは隠しきれない耳がほんのり赤く染まっていた。
きっと、いまはわたしの耳がそうなっている。頬も、ちょっとだけ熱い。
早くなる胸は、おそらくそういうことなのだろう。
いつもなら絶対に思わない、
『明日も雨にならないかな』
いまは、真剣に願っている。
こんなまとまりのないめちゃくちゃな手紙しか書けていないのに。
それくらい、いまは手紙を渡すことより、彼に逢いたい気持ちが強かった。
ふと顔を上げて、鈍色(にびいろ)の空に思いを馳せる。
明日もまた雨が降ったら。
わたしは、きっと変わっているだろう。
町を覆っていた厚い厚い雲が切れて、そこから射し込む優しい光に包まれながら笑い合う二人がわたしには見えていた。