狼彼女のお気に入り
「篠田…?」
やっぱり篠田だ。
それなのに…
どうして無視した?
あの男は誰だ?
………なんで俺はこんなに落ち込んでんだ?
「──ちゃん?やっぱりお兄ちゃんだ。」
「あ…」
「帰ってくるの遅いから、お父さんがうるさいんです。ってあれ…?びしょ濡れじゃないですか。」
「あ…うん、だな。」
俺は曖昧に頷く。
愛奈は不思議そうに首をかしげながらも、それ以上、聞いてくることはなかった。
でも……、
なんでアイツの名を呼んだのか
俺自身が一番不思議でならない。
女なんか嫌いだったはずなのにな。
「…あぁっ!!良かった!心配したんだからな!」
「……悪ぃ。」
家へ帰ると、玄関を開けた瞬間に父さんが飛び出してきた。
びしょ濡れになった服を見て、慌てふためく父さん。
不器用ながらも、男手一つで俺達を育ててきてくれた父さんには、なるべく心配をかけたくない。
俺が素直に謝ると、ようやく笑ってくれた。
「ほら、拭け。風邪ひいたら、困るだろう。」
「はいはい。」
俺が大丈夫だと言っても、タオルを持ってきて渡してくる。
それも両手に抱えて。
俺はやんわりとそのタオルを拒否して、居間の先にある自分の部屋へと入った。