狼彼女のお気に入り



「篠田…?」



やっぱり篠田だ。

それなのに…



どうして無視した?



あの男は誰だ?



………なんで俺はこんなに落ち込んでんだ?






「──ちゃん?やっぱりお兄ちゃんだ。」


「あ…」


「帰ってくるの遅いから、お父さんがうるさいんです。ってあれ…?びしょ濡れじゃないですか。」


「あ…うん、だな。」



俺は曖昧に頷く。



愛奈は不思議そうに首をかしげながらも、それ以上、聞いてくることはなかった。



でも……、



なんでアイツの名を呼んだのか



俺自身が一番不思議でならない。



女なんか嫌いだったはずなのにな。








「…あぁっ!!良かった!心配したんだからな!」


「……悪ぃ。」



家へ帰ると、玄関を開けた瞬間に父さんが飛び出してきた。



びしょ濡れになった服を見て、慌てふためく父さん。



不器用ながらも、男手一つで俺達を育ててきてくれた父さんには、なるべく心配をかけたくない。



俺が素直に謝ると、ようやく笑ってくれた。



「ほら、拭け。風邪ひいたら、困るだろう。」


「はいはい。」



俺が大丈夫だと言っても、タオルを持ってきて渡してくる。


それも両手に抱えて。



俺はやんわりとそのタオルを拒否して、居間の先にある自分の部屋へと入った。






< 9 / 77 >

この作品をシェア

pagetop