陰陽(教)師
ナナも同様に四つん這いになっていたが、やがて両ヒザと両手を使って、部屋から逃げ出そうとした。

ヒロシも必死に彼女の後を追おうとした。

その時。

『逃げるな』

二人の背中に、老婆の声がかかった。

老婆はこう続けた。

『おぬしらを喰わせろ』

次の瞬間、家中に二人の叫び声が響き渡った。


―――――――――――


しばらくして、叫び声はやんだ。

風でざわざわと木々が揺れる、この空き家の庭に、その男が姿を現したのはその時だった。

黒の着物姿。

年の頃は四十ぐらい。

髪は一本もなく、禿げ上がっている。

左右の目は極端に離れ、耳もとまで裂けたその口からは、赤い舌がのぞいている。

明らかに異形の者であった。

しかしその男は、異形の者らしからぬ殊勝な顔つきで、すでに人気(ひとけ)の絶えた家を仰ぎ見た。

「おいたわしや…」

男は手を合わせた。

その目の端には、涙が光っていた。

< 8 / 204 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop