命の花
ロージリール
 寝ていたはずなのに、その頬はぬれていた。


 大昔にもなるのにいまだにこんな夢を見るのは凶兆のしるしなのではないのだろうか。


 まあ、今居る場所はあらゆる意味で地上と異なる世界なので逆夢であるかもしれない。


 ここは精霊界。


 死んで精霊に生まれかわった者たちが集う場所。

 
 次元を異にしているので人間達には見えない。
 

 そこの住人がのんべんだらりと暮らしているワケではない。


 精霊にはそれなりの仕事というものがある。


「ローズゥ、ねえ、ローズ、どこにいるのぉ」


 花の精ルシフィンダがまだ追っかけてくる。


 低木のたくましい緑の枝に身をもたせかけながら、ロージリールは思った。


(おれさまは薔薇(ローズ)なんかじゃない。そんなに雨を降らせて欲しければ、それなりの礼儀を尽くせってんだ)


 いっこ下のルシフィンダが涙を流しているのが目に見えるようだ。


 ロージリールは器用に枝の上で寝返りを打った。


「ローズゥ……」


という声が遠くからでも聞こえてくる。


すると不意に、何かを蹴りつける、どかっという音がして、恐ろしい、階級も高く性格も厳しいイグニスが睨みつけた。


「いつまでさぼっている気です『王子』」


 いつもおなじみの木の枝から転げ落ちてしまったロージリールはのろのろと身を起こした。


「ああ今、行くよ……ったく今更のその呼称には悪意を感じるぞ、イグニス様!」


 彼は渋々立ち上がった。
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