手の中の蝶々
私は必死に心臓を落ち着かせて、呆然とする波内さんを置いて出ていった先生を追いかけた。
「先生!」
『あ、桜木さん』
振り向いて私と向き合う先生。
私が追い掛けて来た理由なんて、分かってるだろうに。
それなのに先生は何も言わない。
私からの言葉を聞く態勢に入って、笑顔で待っている。
「教室であんな事言って馬鹿じゃないですか…!バレたりしたら…!」
あれだけの情報でバレる事はないとは思うけど、用心に越した事はない。
何より、ヒヤヒヤする。
『僕は桜木さんの事だなんて言っていませんよ?』
敬語の先生は、今一何を考えているか分からない。
教師の仮面をかぶっているんだ。
「でもあれはどう考えたって私の事じゃないですか!」
同居しているのも、毎朝お世話をしているのも私だ。
間違いない。断言できる。
私はそう言う意味で言ったのに、先生は、
『…僕のお嫁さんは桜木さんしかいないと言うことですか?』
耳元で静かに囁く。
結局、押されて何も反抗出来ない私の頭を撫でて、先生は職員室に行ってしまった。
「先生のぼけ…」
人が少ない廊下で、私は頭を押えて先生の背中を見ていた。