本気になっちゃいけない
「先生 家、世田谷でいいんですよね?」

「ちが…う 青山」

「あれ?
青山引っ越したんですか?」

「離婚した…んだ 離婚」

目をつぶったまま黒澤は吐き捨てるように言った

やっぱり噂は本当だった
不味いことを聞いちゃったなと思いながら
車中はかなり気まずい空気だ

黒澤はずっと目をつぶり沈黙のまま…


「先生着きましたけど」

「あぁ じぁ」と黒澤はタクシーを降りた

降りたはいいけれどかなりフラフラしてる

あっ 危ないと
思ったとたんマンションのエントランスの階段を踏み外した

「運転手さん降ります」

私はタクシー代を払い
黒澤にかけよった

階段に腰を下ろして動かない

「先生飲み過ぎですよ」

黒澤はうつむき
「と…なよ…くっ…」

よく聞き取れない

「あの子…は俺の…子どもだぞな…んで…」

視線を階段のタイルに落としたまま
今にでも泣き出しそうな情けない顔で彼はそう言った

それだけでもだいたい察しはつく

なぜか私はいつもとは違うそんな彼を愛しいと思ってしまった

「はい、先生立って 部屋どこですか?」

彼の腕を抱え立ち上がるように促した


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