ひねもす月
祖父は、カナタやミナが生まれる前に他界した。
遠い昔、遠い所で戦死したのだそうだ。

だから、二人は、仏壇の写真でしか、その顔を見たことがない。

それを思えば当然なのだが、ミナの絵に出てくる家族は必ず、両親と祖母、そして兄妹。

ミナの中では、もしかしたらダイチだけではなく両親さえ、生きているのかもしれない。


「この貝は真珠のある貝?」


カナタは、絵を見てゆっくり話しながら、内心では、自分自身に驚いていた。

相手が誰であろうと。しゃべるのは、ミナに負けず劣らず苦手だと思っていたのに。
いつの間にか、自然と話題が流れ出てくるようになった。沈黙も、気まずいものには感じない。


……ずいぶん鍛えられたもんな。


胸の内で苦笑し、改めて、今と昔の自分を比べる。

部屋にこもって、覇気もなくポータブルゲームに興じていたカナタ。
両親とはうまく会話できず。
訪ねて来てくれるほど親しい友達も、一人もいなくて。


誰にも理解されない。
誰にも理解なんかされなくていい。


心を閉ざし。

妙な焦燥感と、得体の知れない苛立ちを抱えながら、自分の人生、こんなもんだと諦めていた。


「すごく綺麗なんだろうね」


ミナが想い描いている貝の中の宝物に、二人、静かに思いを馳せる。


穏やかな、時間。

温かく、幸せな。




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