ひねもす月
「あ……ごめん。……でも……」


例えミナの指であっても。
それに今触ったら、すべてがだめになってしまいそうで。


「蝉は7年間土の中で暮らすって言うよね。この蝉は、きっと今日からが8年目なんだ」


初めて抜け殻を見つけた時は、すごく嬉しかった。
7日あまりの命の始まりなのだと、感動したものだ。


「……すごいな……昔、理科の番組で見たよ」


でも、これはあの時以上の……もはや、衝撃。


木漏れ日の中で輝くのは、まだ軟らかい、薄緑色の体だ。


「羽化、してるんだよ。蝉の子どもが、大人になろうとしてるところ」


古い殻を裂いて、天を仰ぐ。
まだ半分ほどしか抜け出ていない羽は、産毛のように柔らかく濡れて見えた。


「今捕ったら、かわいそうでしょ?」


複雑な表情のミナをうかがいながら静かに諭し、カナタはじっと、小さな命の成長を見つめる。

きっと、今から何時間もかけて、立派な羽を手にするのだろう。

見ていてもキリがないのはわかっている。それでも、目が離せなかった。


う-……。


無視しきれないほどに、傍らの不機嫌な唸りが高まっていく。けれど。


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